翼の体を横から抱えて、松山は突進した。その低い姿勢のまま、植え込みを突き抜けて
歩道の敷石の上に転がり出る。
追っ手の男たちと感動の再会になるはずだった。
しかしそこに割り込んだ大きな衝撃が、男たちを凍りつかせた。
クラクションの太い響き――続いてタイヤの軋む摩擦音が空気を切り裂く。
男たちはとっさのことに棒立ちとなり、ただ立ちすくんだ。
追っていた相手がいきなり足元に転がり出たと思ったらそれと同時に暴走車である。し
かもそれが自分たちの車だったとなると動揺はさらに大きいはずだ。
「感心しないな。ケガ人連れてアクションごっこは」
「若島津!?」
頭の上から降ってきた声に驚いて松山は顔を上げる。無表情なキーパーが、自分の前で
急ブレーキをかけた乗用車にも動じずに突っ立っていた。暴走をさせた原因はこの男だっ
たのだ。
松山の目が光った。
「…翼を、頼む!」
跳ね起きるなり相手の車に飛び掛っていく。開きかけた運転席の窓に飛びつくと、ドラ
イバーの男と力任せにハンドルを奪い合って左右に大きく切った。
「うわあああっ!!」
歩道上をコントロールも失ってジグザグ走行する車に、男たちは顔色を変えて逆に自分
たちが逃げ惑った。身内にひき殺されるなどいう事態はぜひとも避けたいところだろう。
「若島津くん若島津くん若島津くんっ!!」
ボンネットに弾き飛ばされた松山をそのままにして、車は大きく1回バウンドして歩道
の植え込みにめり込んだ。悲鳴とも怒号ともつかない声が上がる。
「早く、松山くんを止めて!」
助けてとは言わないあたり、翼も松山の方向性をよく把握しているようだ。だが若島津
は、もがく翼を落ち着いて引き寄せた。逃げるついでにこぼれてきた一人が、こちらの2
人に気づいて襲いかかってきたのだ。
「――あの車なんだ! 市場で、反町くんをさらって…」
片手突きで軽く止めておいて足払い。それで若島津には十分だった。歩道に叩きつけら
れて男のサングラスが弾け飛ぶ。
翼はその男の不幸の一部始終には目もくれず――よほど若島津の腕を信頼しているのか
――抱き止められた腕から必死に身を乗り出していた。その視線の先では、怒号の中、松
山が男たちと格闘している。
「ふーん」
これでも若島津は目いっぱい感動しているらしい。
「反町の次に今度は松山…。ああいうのを専門に狙う連中なのか。剣呑な趣味だな」
確かに危ない。見た目はどうあれ、この四つ子に手を出すことはすなわち破滅に通じか
ねないのだ。
「いーてててて! 何しやがんでぃ!!」
しかし、この状況は既に子供のケンカ並みになりつつあった。車のルーフの上で悪態を
つきながら暴れている松山に対し、それをなんとか引きずり下ろそうとする男たちも、な
まじ数が多いだけに傍目には少々情けなささえ漂い始める。
さすがに野次馬がわらわらと増えてきてはいた。ただ、騒ぎの当事者がどちらも地元民
ではないのが原因か、彼らの盛り上がり方はイマイチで、恐怖と興味が半々といった表情
で遠巻きにするばかりである。
「どうして警察の人は助けに来てくれないんだ! さっきまで一緒にいたんだよ…!」
パトカーのほうを振り返りながら翼は叫んだ。それを守っているのか引き止めているの
か定かではない抱きとめ方のまま若島津はゆっくりと周囲を見回した。
「松山は当てにしてなさそうだな、そっちは。自力でやっちまおうとしてるとこを見る
と。もっともあいつのただの無鉄砲かもしれんが」
「若島津くん?」
翼は目を丸くした。
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