「おーい、ここだよー、アネカ」
まず先に松山が飛び降り、続いてそろりそろりと反町が幹を伝って降りて来た。アネカ
の顔が引きつったのは言うまでもない。
「双子って見たことないの?」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
本物の双子なのかどうかを問題にする以前に、アネカは果てしなく凶悪なものをそこに
本能で感じ取っていた。彼らが実はこの2人だけではないことは、とりあえず伏せておい
たほうがよさそうである。
「おまえがさ、路上で大勢相手に暴れてたの、アネカは見てたんだぜ。俺、疑われちまっ
たんだからぁ」
さっさと撤退すべく、二人は並んでベチャに乗せてもらうことになった。反町の足のケ
イレンはなんとか回復したものの、どちらにしても自力で歩き回るのはまだ無理だった。
「俺だっておまえと間違われて迷惑したんだ。あいこだろ。ピアスしてないって、あいつ
ら気づいて騒いでたっけ」
「えっ、またピアス…?」
松山とピアスという、およそ似つかわしくない取り合わせはともかく、例の大使館の男
たちが自分のピアスにそこまでこだわっているのがどうにも引っかかる。
アネカはとりあえず取り締まりの及ばない狭い路地にどんどん入っていく。走り回って
いた子供たちがベチャをよけながらこちらをじーっと見つめていた。
「アジノモト!」
「はあぁ?」
行き過ぎざま道端の子供たちからそう呼び掛けられて、松山はぽかんとしながら振り返
ってしまった。どう反応すべきかとっさにわからなかったのだ。彼らは一様にニコニコと
こちらを見送っている。物珍しさもそこには読み取れたが、敵意や悪意はどうもなさそう
である。
「あれはね、日本人だ、って言ってるんだよ」
アネカはそんな松山の反応に気づいて、笑いをこらえていた。
「他に、オシン、ってのもあるけどね」
「すげえな」
松山の感想はいかにも単純、いや素直だった。
「ヨーロッパなんかで、トヨタとかカミカゼとか言われたことはあったけどな、味の素と
来るとはな」
「ここに来る途中でビルの上に看板があったなー。今は日本じゃ見ない、一昔前のトレー
ドマークの。漢字はローマ字にしてあったけどさ。ああ、それに俺、ラジオでCMみたい
な歌も聞いたっけ」
反町は指を振って「♪チャプチャプ・アジノモ〜ト」と歌ってみせた。ずっと眠ってば
かりだったのに、睡眠学習でもしていたのだろうか。
「でもズルイぞ、光。なんでおまえだと一目で日本人だってわかるんだろ」
「俺は変装してないからな」
「俺だってしてない!」
「う〜ん、そうだなあ…」
もめる二人の会話をアネカはなんとなく察したらしい。
「二人ともそっくりなのはそっくりだけど、どこかが違うとしたら国籍くらいだよね」
「国籍は同じなの!」
アネカにももう一度しっかり念を押す反町であった。
「俺は生まれた時からずーっと日本人!」
「そうなのか?」
「――」
松山の横やりに抗議しようと向き直った反町は、その顔がいたって真面目モードなのを
見て驚く。
「な、なんだよ、光」
「おまえ、クウェートで生まれたんだよな」
「そうだけど」
松山が言おうとしていることがまだ理解できずに反町は戸惑う。
「で、3才の時に帰国した。親父さんと二人だけで。でもってその後スペインに行った時
も、向こうで暮らしてる時も二人きりだったって――そういうことか?」
じっと間近に見つめられて、反町は思わず身を引いてしまっていた。
「なら、あのオフクロさんと妹は?」
「いないよ。だって、親父が再婚したの、東京に戻ってからだもん」
「再婚?」
今度は松山が目を見開いた。
「じゃ、あのオフクロさんはおまえの義理のオフクロさん? ――あんなにそっくりなの
に? 嘘だろ!」
「そっくりは余計だ」
妙なところに反町はふて腐れた。
「俺の母親はクウェートで死んだんだ。俺、赤んぼの時だけど」
「じゃあ…」
松山はがっしりと反町の肩をつかまえた。
「おまえの親父さんはいったい何をやらかしたんだ、あんな、あんなとこに名前が残って
るようなこと…!」
「だからぁ、ちゃんと説明しろよ、岬クンの事件と親父がどう関わるっての」
当然の疑問だった。ただし、疑問は双方とも巻き込んでぐるぐるするばかりだったが。
「淳とおまえとで、何調べてたんだよ。ひとの家族のことあれこれと」
「それがよくわからねえから困ってんだ。淳もいろんなデータを当たってたけど、はっき
り言って当時の記録自体が少ないんだ。あとはおまえの親父さんに直接聞くしかないって
言うか…」
「親父なら、ここに来るよ」
「へ?」
思いがけないことをあっさりと言われて、松山はぽかんと反町を見つめる。
「イスラム諸国代表者会議って、もうすぐあるだろ、ジャカルタで。あれの取材があるん
だって。俺たちのスケジュールとかぶるかどうか知らないけど」
「成田にオフクロさん来てたじゃねえか、親父さん出迎えに。でもって今度はまたこっち
に来るって、それならそれで詳しく聞いとけよ。めったに会えない親子が接近遭遇するっ
てのに」
「ん、会えるなら会えるでしょ、とか言ってた。それだけ」
そんなアバウトな。もともとそれぞれに離れて暮らしていて、互いに干渉し合わない家
風になっているのかも、と反町は言い訳したが。
「よし、じゃあ淳にそう言わないと。それにおまえを見つけたことも」
「うん。――ねえ、アネカ?」
幌越しに、反町はベチャ引きのお兄さんを振り返った。
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