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「おかえり、三杉くん」
「…翼くん?」
日本オリンピック代表チームの宿舎であるスナヤン・プラザ・ホテルのロビーに、三杉
が姿を見せる。それを見てソファーから立ち上がったのは、一人そこにいた翼だった。
「どうしたんだい、こんな時間に――」
「それ、俺のセリフだよ、三杉くん」
翼は駆け寄って来ると、両腕で三杉の体をぎゅっと抱きしめた。その存在を確かめるよ
うに。
「ごめん、翼くん。心配させてしまったね」
翼は三杉の胸からぱっと顔を上げた。
「連絡、あったよ。あの二人から」
「えっ、本当かい?」
「うん、松山くんの部屋の電話が急に鳴ってさ、俺たちびっくりしたんだけど…」
無人の部屋に入ってみると、電話の音はやんで、コンピュータが起動していたのだと言
う。
「で、ゲームの画面が出ていたんだね」
「そう」
翼はくすっと笑った。それを発見した時の日向の当惑ぶりを思い出したのだ。
「意味がとにかくわからなくてさ、どうしようってことになってとりあえず沢田くんが試
してみてくれたんだ」
日向が尻込みしたのは、キカイの操作そのものではなく、四つ子が感染るのを嫌がった
からに違いない。
「君宛てのメールだったから中は読んでないけど、反町くんと松山くんから、ってわかっ
て俺たちやっと安心したんだ。あれってただのゲームじゃなかったんだね」
「そう、一樹の苦心の作さ。ゲームの形はしているけれど、通信ソフトの一種なんだ」
ちょっと「コワイ」一種だが。
「でも、無事でよかった。連絡のつけようがなくて困っていたんだ。さてはここの電話番
号がわからなくて履歴のアドレスに片っ端から転送したんだな」
「…えーと?」
普通に納得している三杉を見て、やっぱりこの四つ子のやっていることってわからない
――と翼は再確認したようだ。
「おい!」
松山の部屋のドアを開けて先に翼を入れたところで、三杉は呼び止められた。振り返る
と、照明の落とされた廊下に日向が不機嫌そうに立っている。
「――おまえら、大丈夫なんだな?」
「え?」
「どうせ何言ってもきかねえだろうから言わないがな、俺たちのチームのメンバーとして
信じても、大丈夫なんだな?」
「日向――」
いささか投げやりな感じで日向はこちらを睨んでいた。
「ああ、大丈夫。僕たちはね、フィールドに立つ僕たちでいつづけるために、こういう寄
り道を少しばかりやってるんだ。それだけだよ」
「迷惑な『それだけ』だな」
確かに、睡眠を削られるだけでも日向はその迷惑を実感している。
「なあ、三杉。翼はな、どうやら厄介なものをここに持って来ちまったようだぞ。岬にそ
そのかされただけじゃなくてな。おまえ、なんとかしてやってくれねえか」
三杉は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻った。
「そうだねえ、見せつけられるだけ見せつけられて、その上ライバルに塩を贈るなんて真
似ができるほど僕は寛大じゃないんだけどね」
「バカヤロー」
それがおやすみの意味だということがわかると、三杉はくすっと笑ってドアを閉めた。
「ねえ、これが岬くん? 岬くんのいる場所なの?」
部屋に入って行くと、翼はノートパソコンではなく三杉が使っていたほうのパソコンの
前に座って画面をじっと見ていた。そこには岬からの最後のメッセージが3日前から何の
変化も見せずに表示されたままである。三杉は翼の背後に立って、一緒にそれを眺めた。
『僕は大丈夫。この先へは一人で行ける――』
「岬くんからはこれ以外の連絡はないの? これっきりもう戻る気はないってこと?」
「いや、岬くんはこのずっと向こうに行ったきりだけど、もちろん帰って来る。僕たちの
ところに帰って来るよ」
三杉は手を伸ばしてコマンド表示に切り換えた。
「ね、こっちから岬くんに連絡できる? メールみたいに」
「ああ。でも、やりとりはできないよ。だからメールと言うよりは伝言板かな。こっちか
らメッセージを書き込んでおけば岬くんがそれを読んでくれる形だ。岬くんから応答はな
いから、本当に読んでくれているか自信はないんだけれどね」
「それでいいよ。俺、送っていい? どこに書くわけ?」
さすがは翼、未知のものでも挑戦はいとわない。文字はキーボードで入力するようにと
教えられて、ぽつ、ぽつと言葉を打ち始める。三杉はその様子をじっと見つめ、それから
自分は反町のノートパソコンに移動した。
なるほど、メールが届いている。おそらくあちこち寄り道して届いたものだろう。
『こちらは二人ともずぶ濡れになったけどケガなし。今、ミスギ・パシフィックに勝手に
お邪魔してます。電話番号覚えてなかったので、東京を経由してアドレス履歴をあさって
みました。届いたかな?』
三杉はそれを読んで苦笑し、自分の手帳で調べた番号をダイヤルした。ジャカルタ市内
にある深夜のオフィスに繋がったはずである。
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