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出前を届けたついでに別の家にまわって空容器を回収してきた働き者の三男坊はさっきか
ら何か居心地の悪い空気を感じていた。商店街を東から西へ自転車で走り抜ける彼を見る周
囲の目がどうもいつもと違うのである。決して悪意ではない。むしろ過剰に好意的という感
じだった。
「よっ、有ちゃん!」
「やあ、がんばってるね!」
――いったいどうしたってんだろ。
森崎は心の中でつぶやいた。互いに古くからのなじみばかりの商店街である。家族同然の
気さくな付き合いの町内なのだから、挨拶くらい当たり前なのだが…。
「おめでと、有ちゃん!」
「よかったねえ」
――え、「おめでと」だって…!?
今の声は米屋の若だんなだ。何がおめでとなんだ? 大学合格のことにしては随分タイミ
ングがずれてるし…。
フランボワーズが近づくにつれて人々の好意の視線がいよいよ露骨になってきた。
「兄ちゃんたちを差し置いてさ、うまくやったね!」
「ほんとほんと」
「はあ…?」
聞き返そうとしたがこちらは自転車の上である。岡持ちのバランスを保つためにも無闇に
スピードを緩めることはできないのであった。疑問だけがどんどんふくらむ。
「美人よねえ。それにまあ強いこと…」
「うんうん、あたしゃあんなにきれいな人初めて見たね!」
森崎に運命の時が近づきつつあった。
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