2章
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「ワカシマヅの姉さん…?」
ヘフナーの思考がようやく自分のペースを取り戻した時にはもう、列車は空港駅を出てフ
ランクフルトの市街目指してひた走っていた。その元凶は車窓の風景に目を輝かせている。
「いきなり森なのね。どうして木がどれも同じ高さなのかしら。こんなに一面、ならしたみ
たいに平らだわ」
「………」
「うふふ。まるでレゴのブロックみたい」
「…………」
質問のきっかけがつかめない。この調子では。
「あっ、街が見えてきた! あれがフランクフルト? あらいやだ、こちらのほうがずっと
レゴだわ。ほら、あのおうちの屋根なんてそっくり!」
しづさんはドイツ語はほとんど話せなかったが、ヘフナーと英語でやりとりする分には一
応問題なかった。しかしヘフナーの当惑をよそに自分の世界を作っているこの人は、もはや
すれ違いといった表現を超えているかもしれなかった。無口なヘフナーがいよいよ無口にな
ってしまう。
そのかわりに、というわけでもないが、改めて相手をまじまじと観察する。彼にとって日
本人の年齢というのはまったくのところ謎の領域だったが、この女性はその範疇をも超えて
いるように思えた。若島津よりも剛よりも年長と言うからにはそれなりのお年頃なわけだ
が、外見、中身共に既に年齢不詳以上のものがある。
「ヘフナーさん?」
「え……」
女性と突然目が合ったくらいで動じるようなヘフナーではないはずであるが、さすがにこ
の時、ある種の恐怖感というものを再確認してしまった。
「どうかしました? ぼんやりなさって…」
若島津に似ている――と単純に言ってしまってよいものか、外見もさることながら、対し
た時に感じるどこか手応えのないようなあるような感覚にやはり覚えがある。若島津の場
合、それが「取り付く島がない」という印象になる場合が多いのだが、こちらはそれに輪を
掛けて正体がつかめない。
もしかすると、これが若堂流の極意というものなのだろうか。ヘフナーの日本人観はこう
してますます歪められていくのであった。
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