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夕食の買物を済ませて家に向かっていた岬は、なずな橋商店街のはずれで、ギョッとして
立ちすくんだ。どこかで見たような人物が、やはりとてもよく知っている人物と路上にしゃ
がみ込んでいる。
「ど、どうしたの…!?」
例によって表情のあまり読めない顔が、はっと上げられた。岬を見て驚いた様子はない。
むしろほっとしたような色がその中に見えたように岬は思った。
「森崎くんじゃない。…具合悪いの?」
「いや…」
若島津はぐったりともたれかかっている森崎を抱え直した。森崎はむにゃむにゃ言いなが
ら顔を上げる。
「何でも…ないんだ。……ちょっと、眠い…だけ……」
「え〜っ!?」
そう言ってるはしからまた眠りこけている森崎であった。どこが『ちょっと』なのだ。岬
は疑惑の目になる。若島津は少しためらってから、改めて岬に向き直った。
「おまえの家、近いのか? 悪いが、少し休ませてやってくれないか」
「――いいけど」
事情をきくのは後回しだった。どんなわけがあるにしろ、チームメイトを路上で眠らせる
ような真似はさせられないではないか。
先に立って案内しながら岬はちらっちらっと話題の二人を窺ったが、何かこう、悪びれな
いというか単に無表情というか、期待していたような緊迫感がすっぽり抜けている感じだ。
「ねえ、酔っ払ってるんじゃないよね…」
「ああ」
若島津の返事は普段通りの素っ気なさだし。
「ここだよ。どうぞ」
アパートの2階に着く。森崎は半分は自分で歩いているつもりらしかったが、実際は肩を
貸した若島津がほとんど支えてここまでたどり着いた。
「――ごめん、みさき…」
「いいから、ほら!」
口の中でモゴモゴ謝っている森崎をかなり乱暴に畳の上に放り出しておいて、若島津は岬
を振り返った。
「はい、毛布かける?」
「岬、こいつ、最近こういうことがあったか? ああ、つまりところ構わず眠っちまうって
のか…」
毛布を受け取りながら、若島津はじっと岬を見つめた。
「まさか。サッカー以外では世間の常識を守るように、ボクたち気をつけてるつもりだよ」
そ、そう…だった?
「森崎くんをそんなに疲れさせたの、キミのほうじゃないの?」
「なんだ、それは」
岬の口調にちょっぴり冷やかしが混じっているのを若島津は聞きとがめた。
「だって――駆け落ちしたんでしょ?」
珍しいことに、若島津がほんの一瞬あっけにとられた顔になった。岬は若島津が当然それ
を否定すると予想した。起こるか呆れるかは別として。だが若島津は大真面目にこう言っ
た。
「なんでそれを知ってる」
気の毒な岬くんは、『世間の常識』への逃げ道を塞がれてしまうこととなった。ま、南葛
だからしかたないか。
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