ザ・プロミスト・ランド





◆第2章◆









    ――たちわかれ稲葉の山の峰に生ふる
           まつとしきかば今かへりこむ

「…ってのをね、やろうって思うんだ」
「昨日リハしてた、ユキヒロ君の曲の歌詞に?」
 まず会話が耳に入った。目を開ける。
 そこはスタジオの中ではなく、天井の高いホールのような場所だった。
「…百人一首、ですか。それ」
「ああ、健くん!」
 壁際のバーカウンターにいた遠野が弾かれるように振り返った。若島津は自 分で自分の言葉がやっと頭に届いて、その遠野の声で現実を確認できたよう だ。そうして今まで横になっていたソファーからゆっくりと体を起こす。
「よかった、急に気を失って驚いたよ。大丈夫なのか?」
「たぶん」
 急いで駆け寄って来た遠野に若島津はうなづいてみせ、それから周囲を見回 した。ここは来る時に一度通った場所だ。エントランスから録音スタジオの並 ぶフロアを結ぶ廊下の途中にあり、簡単な談話室としても使われているコーナ ーだった。
 壁にはゴールドディスクの額や、大物アーティストのパネルなどが掛けられ ている。その下にバーがしつらえてあるのだ。
「気を失ったんじゃなく、眠っちまったようです」
「そうなのか?」
 遠野と話していたもう一人の男も、カウンターから振り返って心配そうに声 を掛けてくる。
「合宿に行く前にレポートを1つ仕上げようと思って、昨夜あまり眠ってなか ったのが悪かったのかも…」
「ああ、俺たちも悪かったよ。君のこと夏休みで暇な学生みたいに考えて勝手 に連れて来たりして。よく考えたらサッカーの代表選手なんだよね」
 よく考えていないというのはわかっていたから、若島津も今さら腹を立てる 気にはなれなかったが、それ以上に、状況が少々変わったと言える。
「代表と言っても、オリンピック代表のほうですけどね」
「そうなのか? でもすごいよ。兄弟揃ってスポーツ万能って」
 遠野は連れの男をディレクターの加西と紹介した。
「なんだったら仮眠室もあるから、少し寝てくか? 急いで戻らないといけな いならしかたないが」
「いえ」
 若島津は無愛想な調子はそのまま、しかし穏やかにその申し出を断った。
「気が変わりました。合宿は後回しでいいです。手伝うことにしますよ」
「えっ、いいのか、健くん?」
 遠野の顔がぱっと明るくなった。
「どういう人質かにもよりますけどね。とりあえずレコーディングを見学させ てもらいます」
「もちろん大歓迎だよ。まあ、本録りになったらゆっくり案内してあげてる余 裕はないかもしれないけど」
 案内は必要ない。
 若島津はゆっくりとさっきの夢を思い出す。
 今朝の予知夢との符合。それを確かめたい。何かがひどくひっかかる。
 そんな思いを巡らせながら、若島津は遠野の説明するスケジュールに耳を傾 けた。








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