ザ・プロミスト・ランド





◆第8章◆









「誰なんだ…?」
 声に意外なほど残響がある。耳が変になりそうだった。
「君はいったい誰なんだ」
 その音のせいばかりでなく、自分がずっと同じ場所、同じ時間をぐるぐる回 っている感覚に襲われる。
――ずっと昔から予知していたの。だからここで待ってた、あなたが来るのを …。
「予知だって?」
 若島津は耳を押さえ、一度目を閉じた。が、少女の姿は消えなかった。こだ まのような音のうねりも。
「このスタジオの怪談と何か関係があるのか、その予知が」
――ええ。
 少女の白い姿がふわりと揺れた。
――あの歌声はあなたの声。あなたがここで歌うのを予知していたのよ。
「何だって、俺が?」
 録音の中に入ってしまったあの声が、自分の歌声…。そんなはずはない。
「俺は歌ってなんかいない。あれが俺の声のわけがない!」
――歌ってたじゃない、あのスタジオで一人でテープを流しながら。
 少女は微笑んだようだった。
――あなたは私を探して歌を歌うの。その歌をここでずっと繰り返しながら、 私は待ってたのよ。
「ちょっと待て」
 なぞなぞのような少女の言葉はますます若島津を混乱させた。それでは完全 に堂々巡り、過去と未来が重なって繋がって、丸く一つの輪になってしまう。 「俺がここに来たのは偶然だ。無理に連れて来られただけなんだ。そんな筋書 きに乗ってなんかじゃない。その歌だって、裄広さんが作ったばかりの曲だ」
 自分に言い聞かせるように、若島津は続けた。
「それを何年も前から予知して歌っていたなんてありえない!」
――偶然なんてないって知ってるくせに。予知は筋書きじゃないってこと、あ なたはよく知ってるくせに。
 ゆらゆらと少女の姿は揺れ続ける。不安な存在、不安定な存在そのままに。
 若島津はそれを眺めながら、息を大きく吐き出した。
「俺は――予知なんて、こんな能力なんて望んだわけじゃない、どこか知らな い所から勝手にやってきて勝手にくっついちまったんだ――」
 小学生の時の交通事故が若島津を変えた。それは確かだ、それだけは。しか し、それ以上のことは自分でもわからないままここまで来た。それが何を意味 するかさえ。
 重い、まとわりつくような痛みが彼を包む。
 わからない、というそのことが、そのまま痛みなのか。
 若島津は顔を両手で覆った。
「また夢なんだ、これも。俺にはどうしても手が出せない、動かせない夢なん だ――」
 タスケテ、といういつかの夢の中の声が記憶の中で響いていた。
 助けて。…誰を、何から? そしてこれも、俺の声?
 顔を上げると、若島津の前から少女の姿は消えていた。わずかな気配が残り 香のように漂っているばかりである。
 白く淡い光は重なり合って揺れ、また散る。
 若島津はぼんやりとそれを眺め続けた。長い間、そうしていた気がした。
「おい!!」
 背後のほうで全く別の気配が弾けた。
 強い風がざあっと吹いて、若島津の周囲の重苦しい光を蹴散らしたかのよう な、そんな勢いだった。








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