「森崎だって別にタイムスリップをしたわけじゃない。無意識層では時空がすべて重なり合
って存在しているって言うのなら、俺の夢も、その中でなら今の俺と未来の誰かが接点を持
つことで『予知』になるのかもしれん」
「つまり――おまえは夢の中で『未来の』俺に会って、『過去の』情報を伝えたのか? ま
さか、意識的に夢を見て…」
「あくまで理論上の話だ。実験と言ってもまず結果があってからそういう理屈を考えたに過
ぎないからな。それと、今回試した限りでは眠る必要はなかった。少なくとも伝える相手が
おまえらなら」
なぜかいきなり複数になった。というより、若島津の視線が自分を通り越していることに
ヘフナーはここで気づく。
「仲間に数えてもらって光栄だよ」
「ヘルナンデス!」
いつの間にか自分の背後に立っていた存在に、ヘフナーは髪を逆立てかけた。会話に没頭
していたとはいえ、気づかなかったのは失態である。
「ノックに返事がなかったから勝手に入らせてもらっただけだよ、グスタフ。本当にワカシ
マヅが来ていたなんて、感動的だね」
「なに?」
一瞬その言葉の意味をつかもうとして動きが止まる。
「じゃあ、『連絡』はおまえのところにも――」
「今、途中から聞かせてもらってたけど、そのようだね、どうやら」
キーパー仲間――つまり特殊能力仲間でもあるジノ・ヘルナンデスは今の説明を冷静に受
け止めてたようだ。勝手に自分のコーヒーを入れながらにっこりする。
「なんでこいつまで呼んだんだ」
ヘフナーは恨みがましい目を若島津に向けた。複雑な家族関係を引きずって、ジノ相手に
は珍しく苦手意識が拭えないらしい。
「もちろん、関係者の一人だからだ。協力してもらわないと」
若島津の言葉を聞いてジノは目を見開いた。
「ヒューガの就職先って――まさかウチ?」
「そういうことだ」
イタリア1部リーグセリエAのACミラン。ジノには地元でもあり、言わば生え抜きの選
手である。日向が入団すれば同僚となるわけだ。
「どうも納得できんな、ワカシマヅ」
しかしその横でヘフナーは不満顔を見せていた。
「おまえの予知夢はいつもそんな自由自在に操れるものじゃなかったぞ。時間も内容も好き
に選べるなんてのは…」
「自在になんかできないさ」
若島津はあっさりと否定した。
「日向さんの夢は望んで見たわけじゃない。移籍交渉も順調に進んでいたし、周りでも心配
するようなことはなかった。なのに、いきなり只ならぬ夢を見た。これは只事じゃないと、
すぐにピンと来たんだ」
「しかし、俺への連絡に使った予知夢はどうなんだ」
「ああ、だから実験だと言っただろう。俺は夢を見た後で、その夢そのものに手掛かりはな
いかとあれこれ試したんだ。でも夢はそれ一度きりでそれ以上何もわからなかった。代わり
に発見したのがおまえたちとの『回線』の存在だった」
「『回線』――。それがあの連絡に使ったものか?」
若島津はうなづいた。
「日向さんの未来に関するその夢を探ろうとするたびに、なんでかおまえの気配が交差す
る。場所がドイツだからかとも思ったが、それならと試しにそちらに接触したらこれがあっ
さりと繋がっちまったんだ。夢で、何度かおまえの姿を見た。たぶんおまえの未来の断片
を」
「おいおい」
気味悪そうにヘフナーは眉を寄せた。
「他人の未来を覗き見とは趣味が悪いぞ」
「緊急時ってやつだ。気にするな」
「ねえ、どんな未来だった?」
好奇心いっぱいに目をキラキラさせてジノが身を乗り出す。若島津は振り向いた。
「あいにく俺の予知はもともと短いスパンのものだからな。その時に見た分の予知はもう過
去のことになっちまってる。たぶん昨日に当たるだろう。俺が見たのは、放牧場に馬が何頭
かいて、そこにやってきたヘフナーが柵の中に馬を誘導しようとした時に――」
「言わんでいい、それ以上は!」
珍しくあせった様子でヘフナーが話をさえぎったので予知の内容が当たっていたことだけ
はわかった。
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